Webと自転車のはざまで

自転車と仕事を愛する男、mattaの日記のようなものです。

5:30起床 やっと大雪が終息

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(先日の大雪序盤に、一晩で雪だるまになった営業車)

5:30起床、さっと起きてフルーツだけ作る。そして少々お勉強。6:30女房殿と自宅を出る。久しぶりに降雪の心配のない1日の予報。二人ともレインウエアを着て足元は長靴。昨日、若干ぬるんだ雪も今朝は凍結。特にブラックアイスが怖い。女房殿は何度も声を「キャッ」と上げて滑る。分厚い圧雪となった金沢の旧市街地を歩いていると、北海道にいた頃を思い出す。

当時も車を持っていないし、歩くか電車しかなかった。電停ではブリザードの中、電車を待ったが直やってくることはわかっていたので何の不安もなかった。しかし、この豪雪の金沢では、いつまで待ってもバスは来ない。もちろん、来るバスは来るが、行きたい先へ行くバスが来ない。来ても、「期待しないでください」とアナウンスされてしまう。もちろん、今回の豪雪がのちに「30豪雪」として語られるであろう厄災ではあろうが。

結局、香林坊からバスに乗る予定であった女房殿も私と一緒に金沢駅に歩いて向かうことになって休憩がてら駅で朝食。大阪方面の特急も動き出した様で、駅はとても賑やか。余計に神経すり減らすより、歩ける人は歩いた方が良いと思う。

6:00起床 何度目かの穏やかな雪の週末、湯川秀樹博士の声を聞きながら

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6:00起床。朝食作って、女房殿を送り出して、洗濯機かけながら手抜きの掃除して、夕食のカレー作って一息入れたらやがてお昼だ。出来立てのカレーを一口と納豆を食べてから長靴はいて出かける。自宅前の除雪優先順位の3次路線は圧雪で雪国の佇まいが簡単に消えそうにない。バスに乗っても良いけど、バス停に寄り道したりバスを待ったりすると結局歩くのと時間的な差はない。

今のところ、この城下町のルーティングは豊富に取れるのでまだ飽きずに楽しく歩くことができるのだ。イヤホンからは昭和37年の湯川秀樹博士の対談番組が流れてくる。とても消極的というか厭世的な語り口は多少関西訛りなのもあってそう悲壮感もないが、内容はとても暗い。図書館で予約してあった本を受け取り、湯川博士が50代に魂の安寧を求めて読書していたという老子荘子も借りる。

帰りは金沢通勤ウォークでなじみになった片町のジャーマンベーカリーで読書。大昔、子供の頃に連れてきてもらったときには、向かい側の旧うつのみや側にあったなあ。店に入ったとたんに鼻腔をくすぐるあの甘いパンの匂いは忘れられない。この新しい、と言ってもここに移ってきてから経つと思うが、ジャーマンベーカリもいい匂いがする。席数が豊富にあるのでのんびりできるであろう。

意外だったのはお客が皆静かに本を読んだり、漢文かなにかだろうか文字の羅列にチェックを静かに入れている人もいる。日曜の午後なのに。ジャーマンと言いながらパンも大きくて柔らかく甘いパンが多い。お土産に2個買って店を出た。裏路地はまだ雪道で歩きにくいが青空も見えた。

 

老子・荘子 (講談社学術文庫)

老子・荘子 (講談社学術文庫)

 

 

 

 

6:30起床 まだまだ大雪で駅まで通勤ウォーク

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(先日の晴れの日曜の裏路地の雪)
6:30起床。寝坊でフルーツとみそ汁だけ作る。今日も徒歩通勤。写真は日曜のものだけど、基本この様相は変わらない。幹線やバス通りは雪は無いが、自宅前を含めて金沢市街地の大多数はこのような状況だろう。車が使いにくいのでバスに乗り換える人が多くて、混雑するし遅れる。ストレスの無い徒歩通勤が一番だ。多少時間はかかるけど。しかし、ゴム長は無敵だけど歩きにくいなあ。これだけがストレス。当分融雪装置は動かないだろうから、スノーターサーに戻そうか。

お隣の元土建屋さんだったKさんによれば、自宅前は「3次路線」だそうだ。ならば、もうすぐかと期待していたが、Kさんが来るとは断言しなかったように、いまだに除雪車は現れない。それもそのはずでより優先する1次路線が440㎞、2次路線が100km近くある。しばらく不自由が続くが私含めて健康な人は鍛錬だと思って過ごすしかないだろう。

道路除雪計画

6:00起床 大雪とかぜと久しぶりの青空

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6:00起床。寒波による大雪が遠因の風邪ひきで長引いて今日も寝坊。フルーツだけ作って朝食。女房殿を見送って軽く掃除してから、お正月のお飾りを持って近所の氏神さんへ行く。もうお馴染みさんになった地区の役員さんとご挨拶。燃えない橙やプラスチックは外してきたので、袋ごと左義長の炎の中に自ら投げ入れる。そのまま、すっかり根雪になった足元悪いご近所界隈を歩いて広坂へ。上の写真のように雪つりが青空に映えて美しい。しかし、もう元気がなくなって金沢駅に向かうバスがちょうどやってきたので飛び乗った。

年末から北陸らしいお天気になってしまって全く自転車に乗れない。ならば、ランニング通勤と決め込んで初めて見たがやはり無理があった。途中、電車に乗るのでブレークが入る。冷えない様に厚手の自転車ウエアを持って走っているが、電車から降りて走り出すとやはり冷えてしまう。電車の中で着替えることはできないし、トイレに入ってまでとも思って無精して冷えるままにしていたらちょっと風邪気味に。

一旦、治って今度は大雪による電車の遅れが災いした。金沢駅ぐらいの大きな駅なら温かい待合があるが、七尾線の小さな駅は夕方になるとストーブの火が消える。今か今かと電車を待っていると間引きの憂き目にあって冷えた。バスもふきっさらしの停留場で10分遅れてまた冷えて、得意の熱めのお風呂による温熱療法も電気温水器に代わって温度の調子がわからなくてまた冷えて元の木阿弥。

しっかりしたお風呂温度計を買おう。冷えないしっかりした方法を見つけるまでラン通も自粛かな。当分この雪が残って道も悪いだろうし。

 

6:00起床 今季初ラッセルラン 炊飯器でブリ大根

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カーテンを開けると外は予想外の銀世界。でも10㎝ぐらいかな。まだ気温も低いし、スノーターサーで雪ランできるかも。女房殿を送りだして、手抜きの掃除をして9時ごろフルの雪装備で出発。雪はまったくやむ気配がない。近所の犀川河川敷に出ると、普段の日曜ならランナーで賑わうところであるが、今日は人っ子一人見当たらない。それでも、早朝犬を散歩した人の足跡が残っているので、これをトレースするように川下へ下る。

心拍計がおかしくてすでにレッドゾーン。ただ、負荷がかかっていることは間違いなくて、気温0℃近くでも息が上がって汗も出てきた。その間に雪がずんずん積もってひざ下10cmあたりまで達するようになる。足跡も少なくなってそろそろ轍の車道でも恋しくなってきた。若宮大橋で折り返して犀川大橋にたどり着いたところでギブアップ。片町のアーケード街をジョグして歩いていると急に寒さを覚えてきた。

しいのき迎賓館裏でまたラッセルして温まったが、広坂界隈の車道歩道とも融雪水でどろどろ。観光に来た方も気の毒だ。雪なら強いスノーターサーも融雪水にはお手上げ。凍える足先に耐えながらスーパーに寄って買物してから帰宅。熱いシャワーがありがたい。

夕方はスーパで買ったぶりのあらでブリ大根を作る。お酒が無くて赤ワインを入れると色どり悪くなったけど、味はまあまあかな。 

6:00起床 辰口周回錬に参加

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(提供:コナさん ピンクN田さんと私(右) )
朝からせっせと朝食作りやら手抜きの内外掃除やらしていたら9時をとうに回ってしまった。なんだか身体が重いけど、外は快晴。クロモリゼウスに跨ってとりあえず加賀方面へ。犀川べりから見える山々もすっかり雪をかぶっていて、やはり冬が来たんだと実感。こんな晴れの日曜はもうしばらくないだろう。泉が丘、山側環状、鶴来街道経由で天狗橋へ。やはり、日曜でも車が多い。金沢は。

いつもの通り辰口の先端大をやんわりと上がったところでみほちゃん発見。ご挨拶。ということは、コナさんたちの周回錬のご一同は先に行ったか、後ろにいるか。出会わなければ、このままサイクリングだなと思って裏坂を下りきったところで10名近くの集団と遭遇。都合5周回の2周目の最後の登りに入ったそうだ。残り3周ついていけるか。3周目は穏当だったが、先端大に上り切ったところでウインドブレーカの下からゼリーを出すのに手こずっていたら先頭のウメちゃんたちから相当遅れた模様で、4周目の東芝坂を上がっていくウメちゃんとコナさんが遠目に見えた。

後ろからH君が上がってきてしばらく一緒に走るが彼は昨日結構走ったらしくて、もう力が出ない感じで単騎で先を行く。しかし、追える気もしなくて金剛寺でショートカットして東芝坂から逆走。待ち受けていると飄々と5周目に入ったウメちゃんが対向してきて、あっという間に先に行ってしまった。また、風の中単騎追うけど今度はまったく追える気がしなくて、動物園坂から降りてきたところの信号待ちで肩甲骨体操をしていたら、コナさんとピンクN田さんが上がってきた。

これならと3人で回す。不思議なもので3人そろうと力が出て私も少々引くことができた。しかし、回しても回してもウメちゃんは見えない。裏坂のピークへの見通しのよいところで、もう勝負あり。コナさんに後ろから押してもらう感じで裏坂で踏んでもう終了。写真を撮ってもらってコナさんとピンクN田さんとお別れ。周回を丁寧に終えたウメちゃんがお迎えに来てくれてそのまま天狗橋まで一緒に帰る。久しぶりに3時間休みなしで最後にはきっちり上げて走ることができた。午後は猛烈に昼寝したい誘惑にかられたが、意を決して図書館へ。でも、しばらく舟を漕いでいたかもしれない(笑)

6:00起床 河北潟一周駅伝 応援

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寝坊。休みの合った女房殿と河北潟一周駅伝の応援に行くつもりだけど、パラパラと自宅のトタン屋根を叩く音。予定ではかほく市あたりでデポしてランで応援に回る予定であったが、天候が怪しいので車で応援することにして、スタート会場の津幡町役場に向かう。

この駅伝は今年で97回大会。聴くところによると、箱根駅伝が始まった年と同じ年に初回大会が開催されたらしい。箱根が戦時中の混乱期に数回中止になった一方で、こちらの河北潟1周は1回だけの中止で開催回数としては日本一の伝統を誇ると言っても良いだろう。しかし、会場は閑散としていて見慣れた役場の風景とあまり変わらない。

しかし、駅伝のタスキをつなぐという使命をかけて走る選手の意識はかなり高い。お知り合いの自転車仲間も多数参加しているし、応援のし甲斐もあることだ。小雨ぱらつく中、第1走を見送る。カテゴリは全区間36㎞を6区に分けてタスキをつなぐ、一般と高校生の部が15チームと1チーム、そして同じ距離を11区に分ける中学生・同好会の部が20チームで総勢36チームである。

コース上には固まってもそれだけの数だからか、大きな交通規制はない。また休日だから多少車は少ないけど、通常通りの往来。しかし、選手をスムーズに流すためには要所要所の交差点には警察の方、ちょっとした車の出入りがある交差点やショップの出口にはボランティアの方が寒空の下、交通整理に当たってくださっていた。

津幡からかほくへはほぼ平坦であるが、かほく市内は河北台が選手の前に立ちはだかる。そして高松から南進に転ずると向かい風。マラソンと違ってこちらが応援していても、選手側にはそれにこたえる余裕がなく、必死にコースと風と戦っている形相。レースの様子は地域のFM局で生中継されているが、慣れていないせいか残念ながら要領を得られていないので、レースの情勢がよく読めない。

ゼッケン番号は必要ないから、簡潔なチーム名だけは頭に入れてもらって、どこで、どのチームが、何位でタイム差がどれだけなのかを教えて欲しい。というのは、記録が残る繰り上げの制限時間が、トップチームが通過してから20分から30分に延長されたからだ。タスキがつながるかどうかは駅伝の肝。それにかけて練習している仲間のアクティビティはSTRAVA等で見てきた。

結果首尾よく、お友達のチームはタスキがつながり記録が残ったようだ。50年近くこの近辺に住んでいてこの大会に生で触れたのは中学生の時だけだった。ただ、あの40年前の雨の中を走ったのはこの大会だったのか、それとも別の大会だったのかは正直記憶がない。実際今回大会も中学生のカテゴリがあるのに参加チームは無かった。このカテゴリーを残しているのは古くからこの大会を支えている役員の方の思いなのか。

このこじんまりとした大会が、記念すべき第100回大会として成就されるのは東京オリンピック2020の年。そして、次の100年につながるか。来年は少しはお手伝いさせてもらおうかなと思う。